映画『トップガン マーヴェリック』を観てきました。前作の公開から36年。正直、今さら続編を作ってどうするんだと思っていました。
ただの懐古主義なファンサービス映画なんじゃないか。そう疑っていました。
でも、かなり面白かったです。
思っていた以上に楽しめました。
前作を知っている人ほど、グース、アイスマン、F-14の使い方に反応してしまう映画です。
これは、ただ懐かしい映像を並べただけの続編ではありません。
年を取ったマーヴェリックが、自分の過去の後悔や若い世代とどう向き合うかを描いた、地続きの物語でした。
トップガン マーヴェリックはどんな映画なのか
一応、大まかなストーリーをおさらいしておきます。
主人公のマーヴェリックは相変わらず出世よりも現場で飛ぶことを選び続けてきた海軍の天才パイロットです。
そんな彼が、かつて自分がいたエリートパイロット訓練校「トップガン」に教官として戻されるところから話が始まります。目的は最高難度の危険な極秘作戦に挑む若いパイロットたちを鍛え上げること。
その教え子の中に前作で訓練中に亡くなった相棒・グースの息子であるルースターがいました。
敵国や作戦の細かい政治背景よりも「マーヴェリックが過去の亡霊を背負いながら、どう若い世代を導くのか」という人間関係が本作の芯になっています。
結論 王道展開なのに気持ちよく見られる続編
ストーリーの流れ自体は、ものすごく王道です。
グースの息子が登場。
マーヴェリックと反発。
厳しい訓練でぶつかり合う。
でも最後には一緒に飛び、お互いを助け合う。
プロットだけを見れば誰でも予想できる展開です。意外な大どんでん返しなんてありません。でも、その王道が最高に気持ちいいです。
なぜでしょうか。
それは前作の出来事を単なる昔の思い出として消費していないからだと思います。ルースターの怒り、マーヴェリックの消えない後悔、アイスマンとの深い友情、そしてまさかのF-14の再登場。
これらが現在のキャラクターたちの行動理由にちゃんとに繋がっているから観ていて胸が熱くなるんです。
グースの息子ルースターを出したのは正解だった
続編を作るうえでグースの死をどう扱うかは一番の難問だったはずです。
前作でのグースの事故死はマーヴェリックの人生を決定づけたトラウマですからね。その息子のルースターを物語の中心に据えたのは大正解だったと思います。
個人的に良かったのは、ルースターが最初からマーヴェリックを慕っていない点です。ありがちな「偉大な父の親友に憧れて〜」みたいな美談にしていません。
ルースターから見ればマーヴェリックは自分の海軍での進路を数年間妨害して出世を遅らせた邪魔者です。
マーヴェリック側には「グースの妻(ルースターの母)との約束を守るため、彼を危険な目に遭わせたくない」という理由がありました。
でも、ルースターからすれば自分の人生を勝手にねじ曲げられたわけです。
どちらの言い分も分かります。だからこそ、このギスギスした関係に緊張感が生まれていました。
ルースターが反発する理由は納得できる
ルースターの怒りは、作品内の条件を考えても至極真っ当です。父親を知らないまま育ち、母親もすでに他界している。唯一の身内のようなポジションにいた父の親友から、なぜか自分のパイロットへの道を邪魔される。
しかもマーヴェリックは、その理由を本人に一切説明しません。
「相手を守るための沈黙」といえば聞こえはいいですが、受け取る側からすればただの不信感でしかない。
理由も分からずチャンスを奪われ続けた若者が反発するのは、当然ではないでしょうか。この根深いお互いのすれ違いがあるからこそ、後半のドラマが生きてきます。
最後に協力する展開が王道で気持ちいい
中盤、撃墜されたマーヴェリックを救うためにルースターが命令を無視して引き返してくる場面。「何しに出てきた!」「あなたを助けに来たんだ!」という無茶苦茶なやり取り。
予想はついていました。
でも、ファンが見たかったのはまさにこの瞬間です。マーヴェリックはこれまでルースターを「守るべき対象」としてしか見ていませんでした。けれど極限状態の中で彼を「一緒に生きて帰る相棒」として認める。
この心情の変化を言葉ではなく飛行中の行動と連携で見せる演出は本当に上手いと思いました。
アイスマンの再登場が前作ファンにはうれしい
アイスマンの再登場もファンには嬉しい限りです。前作でのアイスマンはマーヴェリックの無鉄砲な飛び方を激しく非難するライバルでした。
当時のマーヴェリックは確かに天才でしたが、組織の規律を乱す危うい若者でしたから、アイスマンの主張の方が正論だったわけです。しかし前作ラストの実戦を経て、二人は固い絆で結ばれました。
あの友情が36年経った今も形を変えて続いている。これだけで前作ファンは救われます。
アイスマンが出世しているのが納得できる
劇中でアイスマンは海軍大将(太平洋艦隊司令官)という最高クラスの地位に出世しています。
一方でマーヴェリックは、いまだに大佐のまま。
この差が素晴らしい。
アイスマンは冷静で規律を大切にして組織の中で信頼を積み上げていける男でした。前作の時点から、彼が順調に出世することは約束されていたようなものです。キャラクターの配置として、これ以上ないほど納得がいきます。
マーヴェリックを庇い続けるアイスマンの義理堅さ
でもなぜ出世頭のアイスマンが、トラブルメーカーのマーヴェリックをずっと庇い続けてきたのでしょうか?
単なる「昔の戦友だから」という感傷だけではないはずです。アイスマンはマーヴェリックの欠点も危うさをよく知っています。
同時に規則やマニュアル通りに進めるだけでは、どうしても突破できない局面が軍隊にはある、という現実も分かっているのではないでしょうか。
そこにマーヴェリックの規格外の操縦技術と判断力が必要になる。アイスマンは、海軍という組織のトップとして、その「牙」を残しておく必要性を感じていたのだと思います。
本当に深い信頼関係です。
アイスマンの死でマーヴェリックの後ろ盾が消える
劇中でアイスマンが病気で亡くなってしまうのは正直、観ていて辛かったです。演じるヴァル・キルマー自身の現実の病状とも重なって、涙なしには見られません。結果的にこの作品がヴァル・キルマーの遺作となってしまいました。
ただ、物語の構成としては非常に大きな意味を持っています。アイスマンという絶対的な後ろ盾がいたからこそ、マーヴェリックは海軍にいられた。
彼がいなくなった途端、組織の官僚たちは待ってましたとばかりにマーヴェリックを現場から外そうとします。
アイスマンの死によって、マーヴェリックが本当の孤立無援に追い込まれる。物語を後半のクライマックスへ加速させるための、必然の転換点でした。
チャーリーが出てこないのは気になる
もちろん良いところばかりではありません。気になるところもあります。
前作のヒロインだったチャーリー(キャシー・マクギリス)が一切登場しない点です。
今どうしているのか作中で一言も説明がありません。
これは正直、前作ファンほど引っかかる部分ではないでしょうか。
グースの妻であるキャロル(メグ・ライアン)に関しては、すでに亡くなっているという設定ですが、回想や写真の形で丁寧に拾われています。ルースターの母親なので、物語を進める上で不可欠だからです。
それに比べると、チャーリーの扱いはあまりにも不自然にスルーされている印象を受けました。どういう事情があるのかはわかりませんが、不自然な気はします。
ペニーを恋人役にした理由
今作のヒロインは、ジェニファー・コネリー演じるペニーです。
彼女は前作の劇中で「提督の娘のペニー・ベンジャミン」と名前だけ出ていたキャラクターですね。若い頃のマーヴェリックが問題を起こしたこともあるあの「提督の娘」です。
今回の映画ではマーヴェリックのすべてを知った上で、彼の現在の孤独を受け止める大人の女性として登場します。
なぜチャーリーではなくペニーだったのでしょうか?
たぶん、チャーリーを今作に出してしまうと前作の後に二人の関係がどうなったのか、なぜ別れたのかという「過去の恋愛の言い訳」を長々と説明しなければならなくなります。
映画の焦点をマーヴェリックとルースターのドラマに絞るためには、最初から「腐れ縁の理解者」としてペニーを配置した方が、テンポが良かったのでしょう。
理屈としては分かります。
でも、やっぱりチャーリーについて、セリフで一言くらい触れてもよかったのではないでしょうか。そこだけは釈然としません。
敵国は誰なのか あえてぼかしたのは正解
本作に出てくる「ならず者国家」ですが、具体的な国名は最後まで明かされません。
山岳地帯、渓谷の地形、核関連施設、そしてロシア系の最新鋭戦闘機(第5世代機)、さらにはなぜかF-14を保有している。
ミリタリー知識がある人なら、「あの国かな?」と特定の国を連想するでしょう。
ですが、この映画にでは敵国の政治的背景を細かく説明する必要はありません。
本作が見せたいのは、あくまでも「マーヴェリックが若いパイロットたちを訓練して極限の作戦を成功させて帰還する」という純粋なプロフェッショナルたちのドラマです。
なので敵を抽象的な「悪」として記号化したのは正解だと思います。変にリアルな国際情勢を絡め始めると、映画の焦点がボケてしまいますからね。
敵は最新鋭機なのに、マーヴェリックたちはF/A-18で飛ぶ
今作のミリタリー設定で一番面白いのは、作戦に使う機体の選択です。敵は最新鋭の「第5世代戦闘機(おそらくSu-57)」を配備しています。圧倒的なステルス性能と機動性を誇る化物です。
普通ならアメリカ側も最新のF-35で対抗すべきですよね?ところが作戦に選ばれたのは一世代前のF/A-18スーパーホーネットでした。
なぜこうなるのでしょうか?作中の説明では、敵のGPS妨害電波のせいで最新鋭機が使えない、という設定になっています。
いかにも映画的な都合の良い理由ですが個人的にはこの縛りプレイのような設定が好きでした。
もし最新技術の技術で勝つ話にしてしまったら、マーヴェリックの超人的な操縦技術や、人間の限界に挑むG(重力)との戦いという泥臭い魅力が消えてしまいます。
あえて少し古いF/A-18を使い、目視のドッグファイトに持ち込むからこそ、人間の肉体と精神のぶつかり合いが描けるんです。
年を取ったマーヴェリックにF/A-18が合っている
前作のマーヴェリックには、F-14トムキャットという機体が最高に似合っていました。大きくて、可変翼で、いかにも冷戦時代の主役という派手さがあった。若いころの彼のギラギラした野心にぴったりでした。
対して今作のF/A-18は非常に実用本位でタフな優等生タイプの機体です。最先端のスターではないけれど、現場で長年酷使され、信頼されてきた。
そのキャラクターが年を取っても泥臭く現場にしがみつき、若い世代のために汚れ役を引き受ける現在のマーヴェリックの姿と重なって見えるのです。機体選びの段階で、すでに演出として機能しているのが見事です。
F-14再登場が熱い ファンサービスと現実の歴史がつながる場面
そして、映画の終盤。
誰もが「嘘だろ!?」と思いながらも、狂喜乱舞したのがF-14の再登場です。
敵の基地に潜入したマーヴェリックとルースターがまさかの強奪。
「なぜ敵の基地に古いアメリカ製のF-14があるのか」と不思議に思う人もいるかもしれません。
でもこれ、現実の歴史に基づいた絶妙な設定なんです。
かつて親米政権だったイランは革命前にアメリカからF-14を正式に購入していました。その後、政権が変わって反米国家になった後も、彼らは独自のルートで部品を調達しながらF-14を運用し続けた、という実話があります。
映画の敵国は架空ですが「敵地に古いF-14が実戦可能な状態で残っている」という描写にはミリタリー的なリアリティの裏付けがちゃんとあるわけです。
マーヴェリックがまたF-14に乗る意味
確かにこの展開は冷静に考えれば無理があります。博物館クラスの退役機がなぜか燃料が入った状態で置かれているし。それをマーヴェリックが瞬時に起動させて飛ばす。ご都合主義もいいところです。
でも、そんな理屈はどうでもよくなるくらい、あのコクピットの絵面が強烈でした。
前作では、前席にマーヴェリック、後席にグースが乗っていました。
今作では、前席にマーヴェリック、後席にグースの息子ルースターが乗っている。
この絵だけで36年という時間の重みが一気に押し寄せてきます。
かつて相棒を死なせてしまった男が、今度はその息子を後ろに乗せて、命がけで空中戦を戦い、一緒に生きて帰ろうとする。
単なる懐かしのファンサービスを超えて物語の因縁を回収するための最高のステージとしてF-14が機能していました。
これはさすがに燃えざるを得ません。
トップガン マーヴェリックの不満点
ここまで絶賛してきましたが、不満な点も容赦なく書いておきます。
やっぱり、後半の展開はあまりにも都合が良すぎます。
敵基地で撃墜された後、都合よくマーヴェリックとルースターが鉢合わせする。歩いて行ける距離に、なぜか使えるF-14がある。ルースターは後席の操作(レーダー迎撃士官の仕事)をまともに訓練していないはずなのに、何となく対応できてしまう。
極めつけは、弾切れになった絶体絶命の瞬間に、ハングマンがこれまた都合よく助けに現れる。
ちょっと展開を急ぎすぎて脚本が綺麗にまとまりすぎていませんか?
ご都合主義のバーゲンセールです。映画としての爽快感を最優先した結果だというのは分かります。
でも、前半のあの緻密でリアルな訓練描写の緊張感に比べると、後半の脱出劇は急にB級アクション映画のような大雑把さになった感じはします。
それでも面白い理由 続編として見たいものを外していない
不満はいくつかありますが、それでもこの映画を嫌いになれないのは続編として「観客が本当に見たかったもの」を何一つ外していないからです。
ハリウッドの悪い癖で名作の続編を作ると、説教臭いテーマを混ぜたり、過去のヒーローを惨めに描いて新しい主人公を引き立てたりしがちです。
アメリカで作った続編映画にガッカリさせられた経験は、誰しもあるのではないでしょうか。
でも、今作はそれを絶対にやらない。
マーヴェリックは相変わらず最高にカッコいいトップエースであり、同時に自分の限界と老いを知る一人の人間としてリスペクトを持って描かれています。
グースの死という重い遺産を新しい世代との和解のエネルギーに変えてみせた。
王道を徹底的に磨き上げれば、奇をてらったギミックなんて必要ないのだと真っ向から証明してくれた作品です。
まとめ 前作ファンに向けた最高の続編だった
結論として『トップガン マーヴェリック』は前作ファンほど熱くなれる、最高のエンターテインメント映画だったと思います。
チャーリーの存在が完全に消去されている点や、後半のあまりにもトントン拍子に進む奇跡の生還劇など、気になるところは確かにあります。完璧なシナリオとは言えません。
でも、そんな欠点をすべて吹き飛ばす圧倒的な空戦映像と、前作への愛に満ちたキャラクター描写がありました。
アイスマンとの短い会話に涙し、F-14のエンジン音に震え、ルースターとの共闘に胸を熱くする。
前作を観て何十年も彼らの物語を記憶に留めてきた観客に対して、これ以上ない誠実さで応えてくれた映画ではないでしょうか。
映画館の大きなスクリーンで観られて、正直、本当に嬉しかったです。


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