ボルテスV レガシー感想|フィリピンの本気が伝わる実写ロボット映画だった

ボルテスVレガシー 特撮
ボルテスVレガシー

『ボルテスV レガシー』を観てきました。

正直、観る前は少し不安もありました。1970年代の日本のロボットアニメを、今の時代に実写化する。しかも作ったのは日本ではなくフィリピンです。これは大丈夫なのか。懐かしさだけで作った企画になっていないのか。そう思っていました。

でも、実際に観ると印象はかなり変わりました。

個人的には、フィリピン制作ということを考えると、かなり満足度の高い作品でした。作り手の本気度が違います。メカの再現度、合体シーン、ボアザン側の見た目、日本語主題歌の使い方。どれも原作アニメを知っている人に向けて、かなり真面目に作っています。

もちろん、気になるところはあります。人間ドラマの演出は日本の作品とはかなり違いますし、戦闘場面もアニメほど速くはありません。映画一本として見ると、物語が途中で終わる感じもあります。

でも、この作品は日本人が日本人のために作った実写版ではないんですね。フィリピンの作り手が、原作アニメに敬意を持ちながら、自分たちの思いを込めて作ったボルテスVです。そこを理解して見ると、この映画の評価はかなり変わると思います。

フィリピン制作だからこそ成立したボルテスV

この映画を日本のアニメ実写化と同じ感覚だけで見ると、たぶん引っかかる部分が出てきます。

舞台はまるごとフィリピンを意識した設定になっています。登場人物の名前も日本名ではなく、現地向けの名前に変わっています。そうなっている時点で日本的な人物描写や、日本のアニメそのままの会話を期待する作品ではないのでしょう。

ここを受け入れないまま見ると、人物の感情表現や家族の場面が濃く見えるかもしれません。早くボルテスVを出してほしい。早く戦ってほしい。そう思う人もいるはずです。

でも、フィリピンの人たちが作るなら、そこにフィリピンの感覚が入るのは当然です。むしろ、そこを消してしまったらフィリピンで作った意味が薄くなります。

この映画の面白いところは、人物や家族描写はフィリピン流なのにロボットアニメとしての根本はかなり忠実に残しているところです。ボルトマシンが発進して合体。ボルテスVになってボアザンの巨大メカと戦う。その大事な流れは崩していません。

ここを最初に押さえると、かなり楽しみやすい作品だと思いました。

家族描写が多い理由はフィリピン版として見ると納得できる

映画を見ていて印象に残ったのは家族の場面がかなり多いことです。

日本のロボットアニメを期待して見ると、この部分を長く感じる人もいるかもしれません。子どもたちと母親のやり取り、家族としての会話、心配する表情。そういう場面がしっかり入っています。

フィリピン人は家族のつながりを大切にする民族だと言われます。そう考えると、この映画で家族の場面が多いことにも納得がいきます。

個人的には、ああ、これはフィリピンの人たちが作ったボルテスVなんだなと思いました。

それが嫌なら日本で作ればいいだけの話です。この映画はフィリピンの作り手が自分たちの文化と原作への敬意を合わせて作った実写版です。日本人の感覚だけに合わせて作られていないのは当然でしょう。

しかも、家族描写はただ多いだけではありません。後半の母親の行動につながっていきます。そこを考えると、序盤から母子の関係を見せていたことにも意味がありました。

母の突入場面は原作再現とフィリピンの家族観がつながる場面

ラスト近くで驚いたのが苦戦する子どもたちを救うため、母マリアンヌ博士が戦闘機で敵メカに突入する場面です。

この場面は原作アニメにもありました。昭和の日本の映像作品では、追い込まれた人物が自分の命を使って家族や仲間を救う展開はわりと見られました。今の感覚では簡単に受け止めにくい表現かもしれません。でも日本人の視聴者は、そういう表現が過去の作品にあったことを知っていますし、物語の中でそうせざるを得ない状況に追い込まれた心情も理解できます。

では文化や価値観の違うフィリピンの作り手や視聴者には、この場面はどう映ったのでしょうか。ここはかなり気になるところです。

映画の母親は最初から命を捨てるつもりで出撃したわけではありません。戦闘機で戦い、子どもたちを助けようとします。しかし武器を使い果たし自身も傷つき、もう通常の攻撃では敵を止められないところまで追い込まれます。その末に敵メカへ突入するという描写になっています。

つまり、この場面は軍人としての自己犠牲というより母が子どもたちを守るために最後に選んだ行動として描かれているのだと思います。

ここで効いてくるのが、その前にある母子のふれあいです。日本の原作アニメにはない演出ですが映画では母と子どもたちの関係をかなり丁寧に見せています。最初は少し長く感じる人もいるかもしれません。でも、その後に母の突入場面があると直前の母子の時間に意味が出てきます。

あの会話や接触があったから母が最後に何を守ろうとしたのかがわかるんですね。戦場で突然退場する母親ではなく、子どもたちと向き合い、彼らを送り出し、それでも危機になれば自分で飛び出していく母親として描かれています。

フィリピンでは家族のつながりが大切にされると言われます。そう考えると、この場面も母親として子どもを守る行動として受け止められているのかもしれません。原作アニメ由来の場面とはいえ、フィリピン版では家族の物語の延長として見せている。そこが面白いと思いました。

いい悪いを簡単には言えません。今の時代にこの場面をどう見るかは、人によって分かれるでしょう。でも、少なくとも映画の中では、母が子どもたちを思った末の行動として描かれていました。だからこそ、直前の家族描写も意味を持っていたと思います。

 

合体シーンの再現度はこの映画最大の見どころ

この映画で一番驚いたのは、やはり合体シーンでした。

ボルトマシンが発進して順番に合体してボルテスVになる。ここは原作アニメを知っている人なら、どうしても期待してしまう場面です。実写版でどこまでやるのか。現代風に変えるのか。それとも昔の演出を残すのか。気になるところでした。

実際に見たら、かなり原作アニメに似せていました。場面の流れや画面の切り替え、見せる順番まで昔のアニメをそのままCGに置き換えたような作りです。ここまでやるのかと思いました。

普通なら実写版ではもっと現代的な演出に変えたくなるはずです。カメラを大きく動かしたり、合体の手順を短くしたり、今の映像作品らしい速さに寄せたりするかもしれません。でも『ボルテスV レガシー』は、そこを変えすぎていません。原作アニメで見た合体の順番を今のCGで見せることにかなりこだわっています。

しかもその合体シーンで流れるのが日本語版のボルテスVの歌なんですね。

ここは驚きました。フィリピン制作の作品なら現地語版や英語版を使ってもおかしくありません。むしろ、その方が自然に思えます。でも、あえて日本語版を流している。

監督のコメントでは、現地語や英語でも試したものの最終的に日本語版が一番イメージに合うという判断になったようです。このこだわりには、おそれいりました。

フィリピンの作り手にとって、ボルテスVは単なる題材ではなく子どもの頃に見た記憶そのものだったのだと思います。

さらに熱いのが、この歌が昔の音源そのままではなく、堀江美都子さんの新録音源だというところです。

今の堀江美都子さんの声で、あの合体シーンが流れるんです。いったいこの人、いくつなんだろうと思ってしまいました。声の張りが若々しくて、昔の主題歌の印象を崩していません。それでいて、今の映像にちゃんと合っています。

子どもの頃に聞いたあの声が、現代のCGで作られたボルテスVの合体シーンに重なる。これは熱いです。ここで気持ちが上がらないわけがありません。

映画全体で見れば、気になるところはあります。でも、この合体シーンだけでも個人的には観た甲斐がありました。

メカの再現度はかなり高い

メカの再現度もかなり高いと思いました。

ボルテスVの体型、色、顔つき、ボルトマシンの発進、合体後の姿など、原作アニメの印象を壊さないように作られています。現代風に変えすぎて別物にするのではなく、昔のアニメの形を残したまま、CGの情報量を足しているんですね。

ここは素直にうれしかったです。

戦闘中のボルテスVの動きには、かなり重量感があります。正直、もう少しスピード感がほしいと思う場面もありました。アニメのボルテスVは、巨大ロボットなのに動きが早いですです。剣を振ったり、空を飛んで敵に迫ったり、必殺技を出したり。その動きの気持ちよさがありました。

ただ実写映像で50メートル級の巨大ロボットがアニメと同じ速さで動いたら、今度は巨大さが薄れて見えるかもしれません。建物や地面との距離、機体の質量、着地したときの見え方を考えると、映画版のゆっくりした動きにも意味はあると思います。

巨大な機械が地面を踏みしめ、武器を構え、敵へ向かっていく。そう見せるための演出なら、これはこれでありです。

もちろん、もう少し戦闘の見せ場はほしかったです。せっかくボルテスVがここまでよくできているのだから、もっと動いているところを見たいと思いました。でも、実写の巨大ロボットとしての説得力を優先したと考えれば、あの見せ方にも納得できます。

ボルテスチームはフィリピン版として受け止めればいい

ボルテスチームのメンバーについては、アニメそのままの雰囲気を期待すると、少し違って見えるかもしれません。

ただ、ここは仕方ないと思います。今のフィリピン人俳優を使って実写化するなら、ああいう感じになるのでしょう。日本で実写映画を作ったとしても、アニメの剛健一や峰一平、岡めぐみの見た目や雰囲気をそのまま出すのは難しいはずです。

アニメのキャラクターは、髪型、目の形、体格、色づかいまで記号として作られています。それを現実の俳優にそのまま当てはめると、かえって不自然になることもあります。

なので映画版のボルテスチームは、外見の完全再現よりも、役割をおさえる方向で見ればいいと思いました。リーダー、熱血担当、大柄なメンバー、女性メンバー、年少メンバーという配置はわかりますし、フィリピン版としての解釈になっています。

原作と同じ顔を探す作品ではなく、フィリピンの俳優たちがボルテスチームを演じる作品なんですね。

それに、フィリピン人のキャラクターなのに武道や忍術のような演出が残っているのも面白いところです。現地化するなら、そこも変えた方が自然だったかもしれません。

でも、そこを変えずに残しているのが、この映画らしいところです。舞台や名前はフィリピンに変えているのに、原作アニメの記憶として残したい部分は、かなり真面目に残している。結果として現地化しているのに妙に原作そのままという、不思議な面白さが出ています。

ここは少し笑いました。でも、嫌な笑いではなかったです。原作が好きだから、ここは残したかったんだろうなと思えるんですね。

博士と長官はかなり原作に近い

主役チームはフィリピン版として受け止めるのが自然だと思いますが、その中で驚いたのが、ビッグファルコンの博士と長官です。

アニメでいう浜口博士にあたる人物は、かなり雰囲気が似ています。似すぎです。白髪、落ち着いた表情、研究者としての存在感があり、画面に出てきた瞬間に、これは博士だとわかります。

現代の日本人俳優であの感じを出せるかと言われると、むしろ難しいかもしれません。ここは正直、やられたと思いました。

岡防衛長官にあたる人物も役職者としての硬さがあり、原作側のイメージをかなり残しています。主役チームは現地版として作り替えられているのに、周辺の大人たちは妙に原作に近い。この差も面白いところです。

大人たちがしっかりしていると、ビッグファルコンという基地の存在感も出ます。単に若者たちがロボットに乗るだけではなく、彼らを支える組織と大人がいる。その見せ方は、昔のロボットアニメらしさをよく残していました。

 

ボアザン側の再現度がすごい

ボアザン側の再現度もかなり高いです。

敵側の名前は変更されています。プリンス・ハイネルではなく、映画版ではプリンス・ザルドスという名前になっています。おそらく現地の視聴者にとってわかりやすい名前にしたのでしょう。プリンス・ハイネルという名前が残らなかったのは少し残念です。

でも、ボアザンという名前は残っていますし、侵略してくる異星文明という設定も変わりません。映画を理解するうえで大きな問題はありません。

それよりも、外見の再現度がすごいです。

プリンス・ザルドスは、アニメのハイネルのような貴公子というより、野心を隠さない王子として描かれています。ここはかなり印象が違います。ハイネルはロボットアニメの敵司令官としては美形すぎる人物でした。どこか少女漫画的で、冷たさと気品が同時にある。そこがよかったんですよね。

映画版のザルドスは、もう少しわかりやすく侵略軍の司令官として作られています。表情も強く支配者としての威圧的な力があります。原作のハイネルそのものを期待すると違いますが実写で敵の王子を演じるなら、こういう方向になるのも理解できます。

それでも衣装や見た目の再現度はかなり攻めています。宝塚歌劇を思わせるような派手なコスチューム、金髪、ボアザン人の角まで、実写でしっかり出している。普通なら、ここは現代風に抑えたくなるはずです。

派手な衣装も、少し間違えると安っぽく見えてしまいます。でもこの映画はそこから逃げていません。ボアザン人は角がある。貴族的な衣装を着ている。金髪の司令官がいる。そういう原作の記号を、かなり正面から実写にしています。

他の幹部たちも、特徴をよくとらえています。名前を聞かなくても、見ただけであのキャラクターだとわかる。これはかなり大きいです。

実写化では原作から離れすぎて、誰が誰だかわからなくなることがあります。でも『ボルテスV レガシー』のボアザン側は、原作を知っている人が見れば、すぐに対応関係がわかるように作られています。

ここまでやるのは、やはりすごいと思います。

主役チームはフィリピン版として現地の俳優に合わせ、ボアザン側はアニメの記号をかなり残す。

この作り方は、かなり考えられた実写化だと思いました。だから、地球側とボアザン側の違いも画面でわかりやすくなっています。

 

物語が完結しない終わり方は長編ドラマの映画版として納得できる

もともとアニメの『超電磁マシーン ボルテスV』は全40話あります。フィリピン版の実写ドラマは、それを全90話の長編としてリメイクした作品です。そして日本で公開された映画版は、その実写ドラマの一部を使って再編集したものです。

そう考えると、映画の中で物語が完全に終わらないのは当然だと思います。

ラストでは、目の前の戦いは終わります。ボルテスチームは敵メカとの戦いを切り抜けます。しかし、その代わりに母親は命を落とします。敵の侵略そのものが終わったわけではなく、ボアザンとの戦いはこれからも続いていく。そういう区切り方でした。

映画一本として見ると、もっと決着をつけてほしいと思う人もいるかもしれません。でも、長編ドラマの導入部分を映画にしたものだと考えれば、この終わり方はかなり納得できます。

家族の別れがあり、ボルテスチームの戦う理由が強まり、敵との戦いが本格的に始まる。物語の第一章としては、きちんと区切りがついていると思いました。

なので、見終わったあとに、この続きが見たくなりました。ここは大きいです。映画として満足して終わるだけでなく、この先のボアザンとの戦い、父親の行方、ボルテスチームの成長まで見たくなる。

テレビドラマ版を元にした映画としては、かなり正しい終わり方だったのではないでしょうか。

 

フィリピンの映像産業への驚き

それにしても、フィリピンの映像産業はすごいと思いました。

約50年前の日本アニメを、現代のフィリピンでここまで本格的に実写化したこと自体が驚きです。しかも、ただ作っただけではありません。メカの再現度、合体シーン、ボアザン側の見た目、主題歌の使い方まで、原作を知っている人が見てもかなり満足できる出来になっていました。

おそらく、今の日本でこれほど本格的な巨大ロボット実写映画を作るのはかなり難しいと思います。日本で作るなら、子ども向けの特撮シリーズか、怪獣映画に寄せる形になるでしょう。巨大ロボットを真正面から実写で見せるSF作品は、なかなか企画として通りにくいのではないでしょうか。

だからこそ、『ボルテスV レガシー』には驚きました。フィリピンには、この規模でボルテスVを実写化しようとする作り手がいて、それを可能にする業界がある。しかも原作への敬意を持ちながら、自分たちの作品として成立させています。

正直、うらやましいです。

日本のアニメが海外で愛され、その国の作り手によって実写化され、さらに日本に戻ってきて劇場で見られる。こんなことが起きるんですね。ボルテスVという作品が、フィリピンでどれだけ大切にされてきたのかが伝わってきました。

欠点はある。でも作り手の本気度が勝っていた

『ボルテスV レガシー』には、気になるところもあります。

人間ドラマの演出は、日本人の感覚とは違います。家族描写はかなり濃いですし、感情表現もはっきりしています。戦闘場面も、もう少しスピード感がほしいと思う場面はありました。

でも、それを差し引いても個人的にはかなり満足度の高い映画でした。

メカの再現度、合体シーン、日本語主題歌、ボアザン側の衣装と外見、原作を大事にする姿勢。こういう部分を見ると、作り手の本気度ははっきり伝わります。

この映画は完璧な実写映画というより、フィリピンの人たちが本気で作ったボルテスVを見る作品です。日本人が日本人のために作った作品ではないからこそ、違う部分もあります。でも、その違いも含めて、フィリピン版のボルテスVとして成立していました。

何より、今この時代にボルテスVが最新のCGで実写映像化されること自体が、かなり特別です。合体シーンで日本語の主題歌が流れ、現代の堀江美都子さんの歌声が響く。これだけでも観た甲斐がありました。

細かい欠点よりも、作り手の本気度と、ボルテスVへの敬意の方が強く残りました。

合体シーンを見た時点で、もう来てよかったと思えた。こういう作品は、なかなかありません。

 

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